2026年現在も競馬ファンの記憶に深く刻まれている名馬、ワンアンドオンリー(One and Only)。2014年の第81回東京優駿(日本ダービー)を制覇し、史上初となる「二桁着順デビューからの日本ダービー制覇」という偉業を成し遂げた伝説の競走馬です。本稿では、当時の劇的なレース戦績や血統背景、そして種牡馬としての近況に至るまで、その軌跡を徹底的に紐解きます。
日本競馬の歴史において、世代の頂点を決める日本ダービーはすべてのホースマンが夢見る最高峰の舞台です。その舞台で驚異の巻き返しを見せ、鞍上の横山典弘騎手とともに栄冠を掴み取ったワンアンドオンリーの足跡は、今なお語り草となっています。ファンの間で「ワンエンオンリー」の愛称でも親しまれる同馬の知られざる歩みを、客観的なファクトとともに詳しく見ていきます。
ワンアンドオンリーの基本プロフィールと血統背景

公式記録や血統データによると、ワンアンドオンリーは2011年2月23日に北海道日高町の矢野牧場で誕生しました。父は日本競馬界に数々の名馬を送り出した大種牡馬ハーツクライ、母はヴァインゴールド(母の父は名種牡馬タイキシャトル)という血統背景を持っています。ハーツクライ譲りの豊富なスタミナと鋭い末脚を受け継いだ血統は、クラシックディスタンスである芝2400mの舞台でこそ真価を発揮することになりました。
生産者である矢野牧場にとっても、そして管理した橋口弘次郎調教師にとっても、同馬の育成とコンディショニングには並々ならぬ情熱が注がれました。特に、当時の橋口調教師が長年抱き続けて悲願であった日本ダービー制覇を叶えたパートナーとしても、ワンアンドオンリーの存在は競馬史において特別な意味を持っています。
史上初!二桁着順デビューから日本ダービー制覇までの歩み
ワンアンドオンリーの競走生活は、決して順風満帆なエリート街道のそれではありませんでした。2013年6月の新馬戦(阪神競馬場・芝1800m)では、単勝1番人気に推されながらも直線で伸びを欠き、まさかの10着という二桁着順に敗退します。デビュー戦での大敗は陣営にとって大きなショックでしたが、ここから驚異的な巻き返しが始まります。
敗戦の悔しさをバネに立て直された2戦目の未勝利戦を快勝すると、続くオープン特別競走でも好走。そして2歳シーズンの締めくくりとして出走したG2・ラジオNIKKEI杯2歳ステークスでは、のちのライバルたちを退けて見事に重賞初制覇を飾り、クラシック候補としての頭角を現しました。この時期の急成長こそが、のちの大舞台での強靭な精神力の土台となったのです。
2014年東京優駿(日本ダービー)の劇的なレース戦績
迎えた3歳シーズンの2014年、ワンアンドオンリーはクラシック戦線に名乗りを上げました。弥生賞で3着、皐月賞では4着と善戦しながらも惜敗が続いたことで、東京優駿(日本ダービー)では幾分か評価を落とす形となりました。しかし、本番の東京競馬場・芝2400mのコースコンディションと、名手・横山典弘騎手とのコンビネーションが最高の化学反応を起こします。
レースは淀みない流れの中、横山典弘騎手はワンアンドオンリーを中団の馬群にピタリと導き、虎視眈々と脚を溜めました。迎えた直線、馬場の外側に持ち出された同馬は爆発的な末脚を炸裂させ、先行各馬を次々と飲み込んで先頭へ。最後は猛追するイスラボニータなどの追撃をクビ差で振り切り、先頭でゴール板を駆け抜けました。デビュー戦10着という苦難を乗り越えての日本ダービー制覇は、競馬ファンの感動を呼びました。
ワンアンドオンリーの主要競走戦績・勝鞍一覧
ここでは、ワンアンドオンリーが歩んだ主なレース戦績とタイトル獲得の軌跡を分かりやすく表にまとめます。
| 時期・開催 | レース名(格付け) | 着順 | 主な見どころ・備考 |
|---|---|---|---|
| 2013年6月 | 2歳新馬戦(阪神) | 10着 | 歴史的快挙の起点となった、まさかの二桁着順デビュー戦。 |
| 2013年12月 | ラジオNIKKEI杯2歳S(G3) | 1着 | 世代の有力馬を撃破し、重賞初制覇を達成。 |
| 2014年4月 | 皐月賞(G1) | 4着 | クラシック第一冠で上位に食い込み、ダービーへ視界良好。 |
| 2014年6月 | 東京優駿 / 日本ダービー(G1) | 1着 | 横山典弘騎手とのコンビで史上初の二桁着順からダービー馬へ栄冠。 |
| 2014年9月 | 神戸新聞杯(G2) | 金杯などと並ぶ秋のステップレースで堂々の1着。世代上位を証明。 |
神戸新聞杯の勝利と古馬戦線での奮闘
日本ダービー馬として迎えた秋初戦の神戸新聞杯では、堂々の横綱相撲で快勝し、世代の頂点に立つ実力を改めて証明しました。その後は海外のG1競走や国内の古馬最高峰レース(天皇賞やジャパンカップ、有馬記念など)に挑み続け、トップクラスの猛者たちと幾多の名勝負を繰り広げました。
勝ち星こそダービー以降は恵まれなかったものの、どんな強豪が揃うレースでも大崩れせず、常に上位争いに加わり続けたその姿は、ファンの間で「堅実で頼もしいステイヤー」として愛され続けました。競走馬としてのタフネスさと類まれな勝負根性は、父ハーツクライの血統的特徴を最も色濃く受け継いだ証拠でもあります。
種牡馬としての近況と血統継承への期待
現役引退後は種牡馬となり、自身の血統とダービー馬としての実績を後世に伝える新たなミッションへと歩みを進めました。ハーツクライ系の後継種牡馬として、産駒たちが中央・地方の競馬場でデビューを果たし、父譲りの勝負根性を引き継いだ走りでファンを沸かせています。
生産界においても、二桁着順からの逆転劇を成し遂げた不屈の精神力や、クラシックディスタンスをこなす血統的背景は高く評価されており、配合面での魅力が語られることが少なくありません。現役時代の劇的なドラマを知る世代だけでなく、新たな競馬ファン層の間でも、その血を引く産駒たちの活躍に温かい視線が注がれています。
【ワンエンオンリー】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:ワンアンドオンリーの「ワンエンオンリー」という馬名の由来は何ですか?英語表記との違いは?
A1:英語の「One and Only(唯一無二の存在)」に由来しています。日本の登録名としては「ワンアンドオンリー」ですが、ファンの間や愛称として「ワンエンオンリー」と親しみを込めて呼ばれることも多くあります。
Q2:デビュー戦で10着だった馬が日本ダービーを勝ったというのは本当ですか?
A2:はい、事実です。2013年6月の新馬戦で10着(二桁着順)に敗れた馬が、翌年の東京優駿(日本ダービー)を制したのは史上初の快挙であり、現在でも語り草となる伝説のリカバリーストーリーとして知られています。
Q3:現役時代の主戦騎手や、ゆかりの深い関係者は誰ですか?
A3:日本ダービーを制覇した際の鞍上を務めた横山典弘騎手とのコンビが非常に有名です。また、管理した調教師の橋口弘次郎師にとっても悲願のダービー初制覇をもたらした、まさに二人三脚の歩みでした。
ワンアンドオンリー(ワンエンオンリー)が歩んだ競走馬としての歴史は、決して順風満帆なエリートのそれではなく、挫折を乗り越えて頂点へと這い上がった「唯一無二」のドラマに満ちています。新馬戦での10着敗退から始まった物語が、東京優駿(日本ダービー)の栄光へと結実したプロセスは、競馬というスポーツの奥深さと感動を私たちに教えてくれます。
種牡馬として新たな世代へ命脈を繋ぐ現在も、その血統背景や不屈の精神は多くの関係者やファンに語り継がれています。2026年を迎えた今なお色褪せることのないその足跡は、日本競馬の歴史の1ページに永遠に刻まれ続けることでしょう。