2000年代後半、「エロ詩吟」のネタで日本中を席巻し、お茶の間の人気者となったお笑いコンビ・天津の木村卓寛さん。持ちネタである「あると思います」は流行語としても定着し、テレビで見ない日はないほどの絶頂期を迎えました。しかし、その後はテレビの露出が急減し、「消えた」と囁かれた時期もあります。本記事では、一世を風靡した彼が歩んできた軌跡を振り返るとともに、現在の活動拠点である岩手県への移住の真相や、お色気詩吟の誕生秘話、そして2026年現在のリアルな実態までを多角的に徹底調査・解説します。
「あると思います芸人」天津木村の経歴と大ブレイクの軌跡

「あると思います芸人」として広く知られる天津木村(本名:木村 卓寛)さんは、1976年生まれ、兵庫県出身の芸人です。もともとはNSC大阪校の20期生として同期の向清太朗さんとお笑いコンビ「天津」を結成し、主に漫才やコントを中心に活動していました。しかし、コンビとしてなかなかブレイクの糸口がつかめず、苦難の時代が長く続いたことはファンの間でもよく知られています。
転機となったのは、着物姿で古典的な詩吟を朗詠し、その直後に日常の些細なお色気や下ネタを「あると思います」とクールに締めるという「エロ詩吟」のスタイルを確立したことです。この独自の世界観がバラエティ番組『爆笑レッドカーペット』などのネタ番組で爆発的な人気を呼び、2008年から2009年にかけて凄まじい勢いで大ブレイクを果たしました。「あると思います」は当時の流行語となり、CDリリースや関連グッズの発売など、多方面でメディア露出が急増しました。
お色気詩吟の元ネタ誕生秘話と人気の背景
「あると思います」という決め台詞と、独特の節回しを持つお色気詩吟は、どのようにして生まれたのでしょうか。その元ネタや誕生の背景には、木村さん自身が培ってきたお笑いへの探求と、絶妙な「ギャップ」の演出がありました。
本格的な詩吟の型を取り入れながらも、中身が極めて個人的かつユーモラスなエロティシズムであるという落差が、お茶の間に新鮮な笑いを提供しました。当時の報道や関係者の証言によると、このネタは地道なライブや楽屋での試行錯誤から徐々に形作られ、テレビの特性に合わせてブラッシュアップされたものでした。真面目な顔つきでシュールなあるあるネタを叫ぶシュールさと、耳に残るリズム感が相まって、子供から大人まで幅広い層の心を掴むことに成功したのです。
ここで、天津木村さんのこれまでの主なキャリアと活動の変遷を整理しておきましょう。
| 時期 | 主な出来事・活動内容 | 備考・公式発表 |
|---|---|---|
| 1999年 | お笑いコンビ「天津」を結成 | NSC大阪20期生として活動開始 |
| 2008年前後 | 「エロ詩吟」で大ブレイク | 『爆笑レッドカーペット』等に出演、「あると思います」が流行 |
| 2020年 | 岩手県へ単身移住を発表 | ローカル番組の仕事を発端に地方移住を決断 |
| 現在(2026年) | 岩手・宮城・東京を跨ぎマルチに活動 | テレビ・ラジオのレギュラー多数、地方創生やタレント業に注力 |
なぜテレビから消えた?低迷期と「岩手移住」の真相
一世を風靡した天津木村さんですが、ブームの熱狂が落ち着くにつれてテレビ番組での露出は徐々に減っていきました。いわゆる「一発屋」としての扱いや、時代の変化によるバラエティ番組のニーズの移り変わりがその背景にありました。しかし、彼はただ消えていったわけではありません。
転機となったのは、岩手めんこいテレビの番組企画をきっかけに岩手県と深い縁ができたことです。東北の温かい人柄や風土、そして自身を温かく迎えてくれた地方のメディア環境に魅力を感じた木村さんは、2020年に思い切って岩手県へと単身移住することを決断しました。「消えた理由」として語られることの多かった東京での仕事減少を、むしろ地方からの新しい挑戦へのエネルギーに変えた形となります。
現在の活動状況:岩手から発信するローカルスターとしての現在地
2026年現在、天津木村さんは岩手県を拠点に、東北地方に欠かせないローカルタレント・人気パーソナリティとして確固たる地位を築いています。地元テレビ局やラジオ番組では複数のレギュラーを持ち、その親しみやすい人柄と確実なトークスキルで高い支持を得ています。
単なるタレント活動にとどまらず、地元の特産品PRやイベント出演、観光大使的な役割など、地方創生に貢献する活動も積極的に行っています。東京のキー局中心のピラミッドから離れ、自分の足で地域に根を下ろした現在の生活スタイルは、多くのメディアやファンから「地方移住の成功モデル」として高く評価されています。家族とのプライベートを大切にしつつ、公私のバランスをしっかりと保ちながらプロフェッショナルとしての仕事を全うする姿勢は、かつての爆配時とはまた違った成熟した魅力を放っています。
【あると思います芸人】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:天津木村が「あると思います」のネタを始めたきっかけは何ですか?
A1:本格的な詩吟の技術と、日常の些細なエピソードや大人のあるあるを組み合わせることで、シュールで笑えるギャップを生み出そうと考えたのがきっかけです。地道なライブ活動を経てテレビで披露したところ、大きな反響を呼びました。
Q2:なぜ岩手県に移住することになったのですか?
A2:テレビ番組のロケや企画を通じて岩手県を訪れたことがきっかけです。現地の豊かな自然や人々の温かさに触れ、自身の活動の幅を広げるために2020年に単身で移住を決断しました。
Q3:現在の主な活動拠点はどこですか?
A3:岩手県をメインの生活・活動拠点としながら、東北各県のローカル番組やラジオに出演しています。また、必要に応じて東京などでの仕事もこなすなど、柔軟なマルチワークを展開しています。
「あると思います芸人」として最高潮の栄光を味わいながらも、厳しい低迷期を経験し、地方移住という大胆な決断によって新たなキャリアを切り拓いた天津木村さん。その歩みは、ただ運に左右されたのではなく、変化を恐れずに新しい環境へ飛び込む行動力と、地道に信頼を積み重ねてきた結果です。
一発屋という世間のイメージを自らの手で塗り替え、現在は東北の顔として愛される存在となった彼の姿は、現代の多様化する働き方や生き方において多くの示唆を与えてくれます。今後もローカルと全国を繋ぐ架け橋として、さらに幅広いフィールドでの活躍が期待されます。