2005年の『M-1グランプリ』で圧倒的な漫才を披露し、第5代王者に輝いたお笑いコンビ・ブラックマヨネーズ。ツッコミ担当の小杉竜一と、ボケ担当の吉田敬による独特のコンビネーションは、現在に至るまで多くのファンを魅了し続けています。
華やかな栄光の裏には、お笑い界の歴史を揺るがすような数々のドラマや、知られざる結成秘話が隠されていました。本記事では、NSC時代から現在までの軌跡をたどりながら、小杉の歩んできた道のりとコンビ誕生の真実に迫ります。
ブラックマヨネーズ小杉の原点とNSC時代:「関西キング」からのスタート

吉本興業に所属するブラックマヨネーズは、1997年に結成されて以来、関西圏のみならず日本全国でお笑い界の第一線を走り続けています。その原点は、1994年に遡ります。小杉竜一と吉田敬は、共にNSC大阪校の13期生として出会いました。
当時の養成所時代から、お互いに強い個性を放っていた二人ですが、最初から同じ道を歩んでいたわけではありません。在学中、小杉は「関西キング」というコンビを結成し、独自の笑いを追求していました。一方の吉田は「ツインテール」というコンビを組んでおり、それぞれ別の相方と活動を行っていました。
同期として切磋琢磨しながらも別々の道を歩んでいた二人が、なぜ運命のコンビ結成に至ったのか。そこには、思いがけない偶然と周囲の支えがありました。
知られざる結成秘話:元相方の引退と吉田によるコンビ結成のプロポーズ
1990年代後半、コンビの運命を大きく動かす転機が訪れます。当時の公式記録や本人の証言によると、小杉が組んでいた「関西キング」の相方が結婚を機に芸人を引退することになったのです。
これを絶好の機会と捉えた吉田が、解散したばかりの小杉を自ら誘う形で、1997年にブラックマヨネーズが結成されました。しかし、その誘いの裏には、今では笑い話になるような緊迫したエピソードが存在します。
吉田が小杉にコンビ結成を頼みに行った際、実家の軽自動車を借りて小杉の自宅に向かいました。ところが、小杉の自宅には高級車が駐車されていたため、吉田は「こいつ、すぐに芸人に見切りをつけるんちゃうか?」と猛烈な不安に駆られたのです。その結果、吉田は「もしすぐにコンビ解散を切り出したら3,000万円を支払う」という内容の誓約書を小杉に書かせようとしました。この驚きの提案に対し、小杉が納得してOKを出したことで、伝説のコンビが誕生することになりました。
ブラックマヨネーズ結成の主な経緯と重要マイルストーン
| 時期 | 出来事・転機 | 備考・詳細 |
|---|---|---|
| 1994年 | NSC大阪校13期生として入学 | 小杉竜一と吉田敬が同期として出会う |
| 在学~1996年 | 別々のコンビで活動 | 小杉は「関西キング」、吉田は「ツインテール」を結成 |
| 1997年 | ブラックマヨネーズ結成 | 小杉の元相方の引退をきっかけに吉田が誘う |
| 2005年 | 『M-1グランプリ2005』優勝 | 第5代王者に輝き、全国的なブレイクを果たす |
同期・和田義浩の存在:裏方として二人を支えた知られざる絆
ブラックマヨネーズの結成には、ファンの間でも語り草となっているもう一つの重要なキーパーソンがいます。それが、当時吉田とコンビを組んでいた和田義浩の存在です。
2009年にテレビ番組『やりすぎコージー』(テレビ東京)で小杉が明かしたところによると、当時、小杉は自分が吉田とコンビを組むことで周囲のバランスが崩れるのではないかと気遣い、結成をためらっていたといいます。その様子を察知した和田は、自ら小杉に歩み寄り、「吉田とコンビを組んだ方がいい」と強く説得していたのです。
この事実は、長年コンビの間でも秘密にされており、番組内で小杉が語るまで吉田自身も全く知らなかったという驚きのエピソードです。和田はその後、放送作家へと転身し、長年にわたって両者の活動を裏方として支え続けることになりました。表舞台の二人だけでなく、こうした周囲の深い理解と絆が、ブラマヨの成功を陰で支えた大きな要因となっています。
『M-1グランプリ2005』王座獲得と「関西キング」からの飛躍
結成から約8年後の2005年、ブラックマヨネーズは『M-1グランプリ2005』の決勝舞台に立ち、見事第5代王者に輝きました。ボケとツッコミが凄まじいスピードと熱量で交錯するスタイルは、それまでの漫才の常識を覆し、審査員や視聴者に強烈なインパクトを残しました。
「関西キング」時代から培ってきた小杉の圧倒的な声量と独自のキャラクター、そして吉田の緻密で毒気のあるボケが完璧に噛み合い、お笑い界の頂点へと上り詰めました。この優勝を機に、二人の知名度は全国区となり、数々のバラエティ番組でレギュラーを獲得する人気コンビへと成長していきました。
【ブラックマヨネーズ小杉】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:ブラックマヨネーズの結成年はいつですか?
A1:1997年に結成されました。NSC大阪校13期生の同期である小杉竜一と吉田敬が、それぞれの前コンビ解散を経て結成に至りました。
Q2:小杉竜一が以前組んでいたコンビの名前は何ですか?
A2:「関西キング」というコンビ名で活動していました。相方の結婚を機にコンビを解散することになりました。
Q3:結成時に吉田敬が小杉に書かせようとした誓約書とは何ですか?
A3:吉田が小杉の自宅を訪れた際、高級車が止まっていたため「すぐに芸人を辞めるのでは」と心配になり、「コンビ解散を切り出したら3,000万円支払う」という内容の誓約書を要求したという有名なエピソードがあります。
ブラックマヨネーズ小杉竜一の歩んできた道のりは、単なる偶然の積み重ねではなく、相方・吉田との強い信頼関係や、周囲の温かい支えによって形作られてきました。「関西キング」としての挫折や元相方の引退、そして和田義浩をはじめとする仲間たちの思いが交差したからこそ、今日のブラマヨが存在しています。
現在も第一線で独自の笑いを届け続ける小杉竜一の今後の活躍、そしてコンビとしてのさらなる進化から目が離せません。